【問題1】65歳女性。5年前に右上肢のパーキンソニズムで発症した多系統萎縮症のため在宅療養中である。2年前より独歩困難、半年前から経口摂取困難となった。胃瘻を造設し、同時期より通院が困難となったため、月に2回の訪問診療を受けている。本日定期診察のため自宅を訪問したところ、家族よりこの2週間ほどで夜間のいびきが強くなってきているとの訴えがあった。血圧132/77 mmHg、脈拍86回/分、呼吸数20回/分、SpO2 96%(room air)、体温36.8℃。本人からは息苦しさの訴えはない。
頸部および上胸部の診察所見を示す。
この所見から想定されるものはどれか。
動画では聴診器をあてずとも吸気性喘鳴を聴取し、著明な呼吸補助筋の使用がみられる。上気道狭窄・閉塞の所見である。
多系統萎縮症は小脳失調・パーキンソニズム・自律神経障害を中核とした多彩な神経症状を伴う進行性の疾患だが、その他の神経変性疾患に比して突然死の頻度が高いことが問題となってきた。その原因はいまだ不明の部分も多いが、声帯外転制限による上記気道閉塞はその主たる要因と考えられ、選択的に喉頭開大筋の筋萎縮がみられるために生じると考えられている。上記気道閉塞という観点からは(2)、(3)も重要な鑑別となるが、通常は急性経過となり、本例のような亜急性の増悪は非典型的である。(2)、(4)は主には呼気性喘鳴を来すため、可能性は下がる。在宅神経難病患者の増加に伴い、今後神経専門医でなくともこの病態に遭遇する可能性は高いと思われる。喉頭蓋の脆弱性(Floppy epiglottis)によるものもMSAにおいて類似の症状を来す.声帯外転制限の場合には非侵襲的陽圧換気にて状態の改善が得られる可能性があるが、Floppy epiglottis の場合にはむしろ陽圧換気のために気道閉塞を生じるリスクがある。この病態に際しては何らかの気道確保がなければ気道は安全な状態ではなく、常に窒息に伴う突然死のリスクが高い状態と考えるべきである。
【参考文献】
1) 磯ア英治. 多系統萎縮症における上記気道閉塞. 神経進歩 50:409-419, 2006.
2) Shimohata T, Shinoda H, Nakayama H, et al. Daytime hypoxia, sleep-disordered breathing, and laryngopharyngeal findings in multiple system atrophy. Arch Neurol 64:856-861, 2007.