認知症

脳神経内科のページはこちら

もの忘れの違い

皆さまも、リモコンを置いた場所を忘れたり、昔よく歌った歌手の名前をうっかり忘れてたりした経験はありませんか?

このようなもの忘れは、私たち医師であっても経験しますし、心配することはありません。健康な人でも「うっかり忘れてしまうこと」「体験の一部を忘れること」はよくあります。どこに置いたかそのときは思い出せなくても、何かしらの手がかりから見つけ出したり、ひょっこり見つかった場合でも「そう言えば、ここに置いたんだっけ」と思い返したりできるのであれば、それは心配のいらない「もの忘れ」です。医療機関を受診したり、詳しい検査をしたりする必要はありません。

その一方、認知症による「もの忘れ(=病的なもの忘れ)」では、体験したこと全体を忘れてしまうことが特徴です。たとえば、リモコンを置き忘れたことを自覚できないために「誰かがリモコンを隠したのではないか」と別の理由を探すこともありますし、もしなくなったものが大切な物(お財布など)であれば「誰かが私の財布をとったのではないか」などという被害妄想(ものとられ妄想)が出てくることもあります。また、かかりつけ医から処方されている薬を服用するのをすっかり忘れてしまい、血圧が上がる・血糖コントロールが悪化するなど、体調を崩したりされる場合もあります。

このように、もの忘れ症状のために実際に一人で生活することに支障がでてきている場合は、認知症による「病的なもの忘れ」が疑われます。そのような場合は、「もの忘れ外来」を設置している病院や脳神経内科を、本人・ご家族がご一緒に受診いただくことをおすすめします。

認知症とは

脳には「言葉を話す」「言葉を理解する」「ものごとを記憶する」「場所や空間の配置・位置関係を認識する」など、人間らしい生活を送るのに必要な脳機能(高次脳機能)があります。認知症とは、中年以降にこれらの高次脳機能が徐々に低下することによって日常生活に支障をきたしてしまう進行性の脳疾患の総称です。頻度の高い認知症としては、下に示したような3大認知症があります。いずれも高齢者に多く、現在、全国で600万人以上の認知症をもつ人がいると推測されています。超高齢社会となったわが国では、今後さらに増えていくと予想されます。

主な認知症の種類
アルツハイマー型認知症 レビー小体型認知症 脳血管性認知症
症状

初期症状

  • もの忘れ、無関心
  • 妄想、暴言などの行動、心理症状

中期症状

  • 失語、失行、空間認知障害

進行期の症状

  • 運動機能障害(歩行・嚥下障害など)
  • 変動する認知機能障害(ぼーっとしているときがある)
  • 幻覚(小人や人影が見える)
  • パーキンソン症状(動作緩慢・振戦・筋固縮・歩行障害)
  • レム睡眠行動障害(寝言を言う、寝ながら大声を出す)

障害部位によって症状は大きく異なります

  • 自発性低下
  • 失語症
  • 視空間失認
  • 記銘力障害
  • 構音障害
  • 歩行障害
原因 脳の神経細胞に「タウ」というたんぱく質や「アミロイドβ」という物質がたまり、神経細胞が変性する 脳の神経細胞の中に「αシヌクレイン」といわれるたんぱく質が蓄積し、神経細胞が変性する 脳梗塞・脳出血・くも膜下出血などの脳血管障害により、認知機能にかかわる部位が機能しなくなる
認知症における割合 55% 15% 10%

アルツハイマー型認知症

認知症のうちもっとも頻度の高いものが「アルツハイマー型認知症」で、75歳以上の高齢者に発症することが多いです。初発症状は、近い記憶の障害から始まることが多いです。「さっき言ったのに、何度も同じことを聞き返してくる」「自分で財布をたんすにしまったことを忘れて見つけられず、『なくなったこと』を家族のせいにする」などの困りごとから始まることが多いようです。

最近のことは覚えられないのに、昔のことは細かいところまで覚えているのも特徴の一つです。発症してしばらくは、記憶障害だけが目立ちますが、やがて「言葉が理解しにくい」「トイレの場所がわからない」など言語障害や空間認知の障害が出てきます。脳を構成している細胞である神経細胞に、『タウ』や『アミロイドβ』という物質がたまることによって、細胞が変性(形が変わりなくなっていくこと)していくことが、病気の原因といわれています(アミロイド仮説)。これらの病理的な変化は、大脳のなかでも、『海馬』(記憶をつかさどっている場所)から起こり始めるので、ものわすれ症状から始まるのです。

レビー小体型認知症

2番目に多い認知症だと最近言われているのが「レビー小体型認知症」です。アルツハイマー型認知症と同じく高齢者に多い認知症ですが、初期には「もの忘れ症状が目立たない」ことがあります。

レビー小体型認知症で典型的な症状は「そこに小さい子供が遊びに来ている」「なくなった夫の姿がみえる」などの『幻視』という症状です。幻視以外にも「ぼーっとしている時間とはっきりしている時間がある」「歩きにくい・手がふるえる・動作が遅い」などの症状がみられます。また、発症する前から、夜中に寝言を言ったり大声をあげたりする症状(レム睡眠行動障害)がみられることも特徴の一つです。

レビー小体型認知症の患者さまの脳の神経細胞の中には『レビー小体』といわれる赤色で染まる封入体がみられ、大脳や脳幹の神経細胞が変性していきます。立ちくらみや便秘などの自律神経症状もみられることが特徴です。

幻視

レム睡眠行動障害

歩きにくさ・動作が遅い・手足が震える

その他の認知症・治療できる認知症

その他の認知症としては、脳梗塞や脳出血の後遺症として高次脳機能障害が残る『脳血管性認知症』、言葉や行動の異常がめだつ『前頭側頭型認知症』などがあげられます。

また、進行性の認知症を呈する病気として、側頭葉てんかん・脳腫瘍・慢性硬膜下血腫・甲状腺機能低下症など、いわゆる「治療できる認知症」がありますので、一度は画像検査や血液検査、(必要な場合は)脳波検査なども受けられた方がよいと考えます。また、医薬品やアルコール、ビタミン欠乏など、「もの忘れ」の根本的な原因が脳以外にあることもありますので、生活習慣や内服薬などについて、患者さまやご家族から医師が直接お話を詳しくお伺いすることも重要になります。

認知症の症状

認知症の症状には「中核症状」と「周辺症状」があります。「中核症状」とは、脳の障害により起こる直接的な症状をさしています。

  • 記憶障害:「いつ」「どこで」「何をした」という記憶が障害される
  • 見当識障害:時間や目の前にいる人物が理解できなくなる
  • 判断力低下:理解するのに時間がかかるため、情報処理する能力や速度が低下する。いつもと違うことが起こると対応できず、混乱してしまう。
  • 失認:目で見えている情報を適切に認識できなくなる。
  • 失行:手足の運動障害がないのに、適切に行爲ができなくなる。

一方、「周辺症状」とは、中核症状により引き起こされ、行動面や心理面にあらわれる二次的な症状のことです。英語ではBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia「認知症の行動・心理学的症状」)ともいいます。

認知症をお持ちの方は、ご自身の記憶があいまいになったり、目の前にいる人物が理解できなくなったりすることがあります。そのため、ご自身や周囲のできことに対し、強い不安や混乱・自尊心の低下などが生じることがあります。そのような精神状態に、周囲の環境や対応、ご自身の体調の変化や内服薬など、複雑な要因が絡み合ってBPSDは生じます。

周辺症状を正しく理解する

知症の伴う行動・心理症状(BPSD)が出現した場合にもっとも大切なのは、「周りの人間が、認知症をもつ人の混乱や不安を理解すること」です。

「それはさっき言ったでしょ」「おんなじことを何度も言わせないで」などの発言は、しばしばBPSDを悪化させる悪循環のきっかけになります。本人は脳の病気で記憶障害があるわけですから、家族が注意しても改善することはありません。

ですので、「何が事実かについて本人と言い争わない」「妄想を頭ごなしに否定せず、ご本人が体験していること自体は承認する」などの対応が大切です。ご本人が安心して穏やかに生活できるように、そして何より一番身近でお世話している自分を責めず、適切な支援を受けながらうまく症状と付き合っていくことも必要です。

ご家族が認知症になったら、1人で抱え込まず、認知症の介護・診療に詳しい専門職(地域包括センター・かかりつけ医・もの忘れ外来)と困りごとを共有しましょう。

「親の認知症とつきあう」とうい状況は、ほとんどの方にとっては初めての経験になります。そんな中で「こんなことで困っている」「こんなときどうしたらいいのか」「治療はこれでいいのか」など、認知症の方の数だけ悩みがあると思います。愚痴も出ると思います。まずは専門職に困りごとやつらい状況を共有するところからスタートです。

認知症の検査

(1)脳CT・脳MRI検査

認知症が疑われた場合、腫瘍や脳梗塞・硬膜下血腫など治療可能な脳疾患がないか頭部CT検査、MRI検査をします。CTは5分程度、MRIで20分程度、撮影装置の中に入っていきます。横になって寝ているだけで、脳の断層画像ができあがります。認知症で脳萎縮がみられることもありますが、認知症による脳萎縮と加齢による脳萎縮とを区別することは難しいです。ですので、CTやMRIで認知症を診断するというよりは、治療可能な脳疾患がないか除外するために用いると考えていただいた方がよいでしょう。

(2)脳血流シンチ

IMPという放射性同位元素で標識した薬を注射した後に脳を撮影します。脳血流を評価することにより、間接的に脳のどの部位の機能が低下しているかを推測することができます。たとえばアルツハイマー型認知症では、頭頂葉や後部帯状回などで特異的に血流低下していますので、CT/MRIなどの形態学的検査よりも、鋭敏にとらえることができます。認知症の早期発見に有用な検査です。

(3)DATスキャン

イオフルパンという放射性同位元素で標識した薬を注射したあと、4時間後・6時間後に脳を撮像することによりドパミントランスポーターという物質がどれだけ残っているかを調べることができます。レビー小体型認知症の診断に有効な検査で、同疾患ではドパミン神経が減少していることから、ドパミントランスポーターのとりこみ低下がみられます。

認知症の治療

認知症の治療には(1)環境調整・リハビリテーションなどの非薬物療法、と(2)薬物療法があります。

(1)環境調整・リハビリテーションなどの非薬物療法

もし患者さまが家に閉じこもる傾向にあれば、認知症カフェやデイサービスなどで社会参加を促すことが大切です。特に高齢のご夫婦のお一方が認知症になられた場合、お二人で社会的に孤立してしまうことがあり、まわりの見守る目が大切になります。

またご家庭での困りごと(被害妄想・もの取られ妄想など)が、認知症という疾患に起因していることを知っていただき、認知症患者さまとのストレスの少ない対応方法についてご家族にご理解いただくことがとても大切になります。ご家族の対応が少し変わるだけでも落ち着かれることもよくあります。また高齢者では、ポリファーマシーといって、通院されている複数のクリニックから、多くの内服薬が処方されている場合があります。そのなかでも特に睡眠薬や精神安定剤など認知症を悪化させたり進行させたりする可能性のあるお薬が処方されている場合、中止や変更ができないか検討します。

認知症に対するリハビリテーションは、身体機能や精神機能の維持、生活の質(QOL)や生きがいを維持するために行います。患者さま一人ひとりに合わせて、認知機能訓練を行い、活動などを通して対人関係や社会性の維持改善をめざします。

また、当院では医師、看護師、薬剤師、作業療法士、言語聴覚士、栄養士、医療ソーシャルワーカーなどの多職種からなる認知症ケアチームがあります。各職種が専門的な視点で患者さまに関わり、認知症を有する患者さまの入院生活をサポートしています。

(2)薬物療法

薬物療法ですが、抗認知症薬があるのは、アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症の2疾患です。アルツハイマー型認知症に対しては、保険適応のある薬剤が国内では4種類(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチン)あり、レビー小体型認知症には1種類(ドネペジル)あります。いずれも認知症の進行をやや遅くすることはできるものの、進行を止める効果は期待できません。薬を内服しても、やがて認知症の症状は進んでいきます。

不安や興奮などの周辺症状に関しては、少量の抗精神病薬や抑肝散という漢方薬を短期的に使用することで、症状が緩和される場合があります。脳血管性認知症の場合、脳卒中の再発予防のための生活習慣病の治療と、二次予防(再発予防)薬の投与が主体となります。

前頭側頭型認知症には、保険で認可されているお薬は残念ながらありません。

認知症の予防

認知症の根本的な治療法がまだ見つかっていないことから、認知症の予防が注目されています。

認知症の危険因子については、研究の蓄積があり、下記のような要因が認知症発症リスクを高めることが知られています。(1)中年期の高血圧症、(2)糖尿病、(3)社会的孤立(一人暮らしなど)、(4)うつ、(5)身体的不活動、(6)難聴などです。これらの要因を予防・治療することが大切です。

また下記の要因が、認知症発症に対し保護的な影響(認知症のリスクが下がる)があることが知られてきました。(1)多様な食事(地中海食など)、(2)身体活動(有酸素運動)、(3)対人交流の増加や社会参加、などです。魚や豆・緑黄色野菜や不飽和脂肪酸の豊富な多様な食事をとり、適度な有酸素運動を行い、お酒は控え目にすることが大切です。

最近、認知症の病理学的変化は発症のかなり前から始まっていることがわかってきました。アルツハイマー型認知症では、20年前から認知症の原因となるアミロイドβの蓄積が始まっていることが知られています。75歳からアルツハイマー型認知症は増えてきますから、認知症予防は50歳代から始めても早くはないのかもし

当院での認知症診療について

診察は原則すべて予約制です。かかりつけ医の先生に紹介状を書いていただき、地域医療連携室に予約していただけると、外来での待ち時間が短くてすみます。

初診時の診察時間は30分程度要します。詳しい問診、日付や場所、計算や記憶などの認知症スクリーニングのテストを含めた神経診察を行います。もの忘れ症状がある場合は、ご家族からのお話も大変重要ですので、ご家族ご同伴での受診をお願いしています。

その後、ご病状に応じて、採血検査や画像検査をすすめさせていただき、診断確定後、内服薬の処方などは原則的にかかりつけの先生にお願いしております。

その後認知症の進行にともなう再評価や、専門的なアドバイスが必要な場合、かかりつけの先生と連携させていただき、よりよい治療やケアについて情報提供をしております。

なお、認知症患者さまでは、問診・検査・介護相談・服薬管理など、診療の全ての局面において、ご家族のご協力が不可欠です。ご家族ご同伴のほどよろしくお願いいたします。