食道がん
食道がんの概要
食道がんは、高齢男性に生じやすい病気であり、男性は女性の約6倍かかりやすく、60~70 歳代に好発します。食道がんの組織型にはいくつか種類がありますが、扁平上皮がんと腺がんという組織型がほとんどです。人種による違いがあり、本邦では扁平上皮がんが90%以上と多く、欧米では腺がんが約半数以上を占めます。
扁平上皮(重層扁平上皮)から生じるがんが扁平上皮がんで、腺(円柱上皮)から生じるがんが腺がんです。食道の表面は、重層扁平上皮という組織でおおわれていますが、胃や腸の表面は円柱上皮でおおわれています。胃酸が食道へ逆流することによる慢性的な食道の刺激により、食道の重層扁平上皮が胃のような円柱上皮に置き換わることが知られており、これをバレット上皮と呼びます。バレット上皮は腺組織であり、食道の腺がんはバレット上皮から生じます。
食道がんの原因と予防
上記のように、食道がんの2大組織型として、扁平上皮がんと腺がんがありますので、原因と予防はそれぞれ別で考える必要があります。
扁平上皮がん
飲酒と喫煙が主な要因です。予防のためには禁酒、禁煙が勧められます。また、お酒を飲むと顔が赤くなる人や、以前は赤くなりやすかったがお酒に強くなって赤くならなくなった人はさらにリスクが高いと言われています。
お酒で顔が赤くなりやすい人が食道がんになりやすい理由は、お酒に含まれるアルコールの主成分であるエタノールを、上手に分解できる体質ではないからです。エタノールの分解途中で、アセトアルデヒドという物質ができますが、これが顔が赤くなる原因であり、発がん性のある物質なのです。アセトアルデヒドはさらに分解されて、無害な酢酸(お酢)に変わりますが、アセトアルデヒドを分解する酵素の働きが弱い人は、アセトアルデヒドが長く残ります。そのため、顔が赤くなりやすく二日酔いになりやすく、がんになりやすいのです。日本人の約40%がアセトアルデヒドを分解する酵素の働きが弱いと言われており、そのような人は、食道がんにより一層の注意が必要です。
また、果物や野菜を摂取しないことによるビタミンの欠乏も危険因子とされており、予防のためには緑黄色野菜や果物を摂取することが勧められます。
参考:アルコールとがん(がん)e-ヘルスネット(厚生労働省)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-01-008.html
腺がん
胃酸の逆流によって生じるバレット上皮から生じます。本邦では食道がん全体の数%程度と少ないため、日本人の食道腺がんの予防に何が有効かはまだはっきりしていません。
人種による差はありますが、食道がんの約半数以上を腺がんが占める欧米の報告が参考になります。胃酸の食道への逆流の存在や、肥満(お腹の圧が上がって胃酸が逆流しやすくなります)、喫煙などが発生に関与していると報告されています。
食道がんの診断
食道がんの早期発見のために、まず胃カメラを受けていただくことが大切です。早期の食道がんは、通常の光(白色光)での観察では見つかりにくいので、特殊な光で観察することで見つけやすくなります。
当院では、富士フィルムメディカル社の内視鏡システムで、レーザーを利用したBLI光を用いた観察を行い、食道がんの早期発見に努めています。また、食道がんの早期発見のために、ルゴール液を用いた色素内視鏡による診断法があり、必要に応じて行っています。ルゴール液による色素内視鏡は、ヨード・グリコーゲン呈色反応を利用した検査であり、正常の食道粘膜にはグリコーゲンが多量に存在するため褐色に染色されますが、食道がんや前がん病変ではグリコーゲンが減少・消失しているため染色されません。そのため、食道がんの部分がはっきり分かり、診断しやすくなります。
胃カメラを受けることに抵抗を感じる方のために、経鼻内視鏡(鼻から入れられる細い胃カメラ)や鎮静(点滴で麻酔をしながらの検査)などで楽に検査を受けていただけるよう取り組んでいます。
食道がんの病期と治療
食道がんの治療には、内視鏡治療、手術、薬物療法、放射線療法などがあります。治療法は、がんの進み具合(病期)、全身状態、年齢、合併するほかの病気などを考慮して決定します。当院では、消化器外科医、消化器内科医、放射線治療医、画像診断医、病理医、薬剤師などが集まって、治療方針を決定する会議(キャンサーボード)を定期的に行っています。治療方針は最新のガイドラインやエビデンスに基づいて決めますが、病気の状態などによってはいくつかの選択肢があります。患者さまの希望や全身状態なども踏まえて協議し、個々の患者さまに合わせてオーダーメイドで治療方針を決めていきます。
病期(ステージ)
食道がんと診断された段階で、がんの進行の程度は患者さまによって大きく異なります。進行の程度は病期(ステージ)として表され、早期から進行につれてI期からIV期と分類されます。病期(ステージ)はがんの深さの程度(Tカテゴリー)、リンパ節転移の有無・程度(Nカテゴリー)、遠隔転移の有無(Mカテゴリー)の組み合わせで決まります。
● 食道がんのT・N・M各因子の分類(日本食道学会による分類)
※食道の周りや近くのリンパ筋を、がんのある場所別に、転移の頻度が高いものから低いもの順で、1群、2群、3群、4群と分類します。
日本食道学会編「臨床・病理 食道癌取扱い規約(第11版)」(金原出版)より一部改変
● 食道がんの病期(ステージ)分類 (日本食道学会による分類)
日本食道学会編「臨床・病理・食道癌取扱い規約 第11版(2015年)」(金原出版)より一部改変
● 食道がんの深達度
日本食道学会編「臨床・病理・食道癌取扱い規約 第11版(2015年)」(金原出版)より一部改変
病期(ステージ)による治療方法の選択
治療前には、内視鏡検査・バリウムによる胃透視検査やCT検査PETCT検査で病期を診断し、治療の仕方を決定します。食道がんの治療法は多岐にわたっており、全身状態、年齢、合併するほかの病気などを考慮して最終的に決定します。
内視鏡手術
内視鏡手術は、胃カメラで食道の粘膜病変部だけを切除する治療です。治療後の回復も早く、食生活への影響が少ない治癒が望めます。ただし、食道がんが広い範囲に広がっている場合、切除したあとの傷あとが治るときに引きつれることで、食道が細くなること(狭窄)があります。狭窄してしまうと元通りの食事ができなくなるため、バルーンで広げる処置などが必要になってきます。そうならないように、当院では必要に応じてステロイドという炎症を抑える薬の局所注射を狭窄の予防として行っています。
内視鏡手術の方法
内視鏡での切除の方法には、高周波のナイフで切り取る内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)や輪状のワイヤー(スネア)をかけて切り取る内視鏡的粘膜切除術(EMR)があります。
近年は、治療の適応の拡大や技術的な進歩により、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)が普及しています。ESDでは食道がんが広い範囲に広がっていても、内視鏡切除を目指せます。内視鏡切除を目指すべきかどうかは、がんの大きさや部位、深達度(がんの深さ)、患者さまの状態などを総合的に判断して決定します。
切除したがんの顕微鏡の組織検査で転移再発のリスクを評価し、追加治療の必要性を判断します。再発のリスクが高い場合は追加治療をお勧めすることになります。従来は外科手術を第一にお勧めしていましたが、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)によって近年行われた臨床研究によって、化学放射線療法(抗がん剤と放射線の併用療法)が外科治療と遜色ない治療効果が期待できることが分かりました。患者さまの希望や全身状態などを踏まえて、消化器外科医、消化器内科医、放射線治療医で連携して、追加外科手術や予防的化学放射線療法、もしくは無治療で経過観察、などの治療方針をオーダーメイドで決めていきます。
外科手術・術前補助化学療法
手術は、食道がんに対する標準的な治療法です。がんを含めた食道と胃の一部を切除(食道亜全摘術)し、同時に周囲のリンパ節を含む組織も切除します(リンパ節郭清)。
食道がんは他の消化管のがんにくらべて、手術をしても再発する可能性が高く、ステージII-IIIでは手術だけでは半分以上の患者さまが再発してしまいます。手術だけでなく抗がん剤治療を行うことで再発率を下げることを目指します(集学的治療)。食道の周囲には心臓・大動脈・気管などの重要な臓器や発声や飲み込み(嚥下)に関与する神経(反回神経)などがあります。大きな腫瘍やリンパ節転移がある場合は手術前に抗がん剤治療を行って食道やリンパ節のがんを小さくしてから手術するほうが安全・確実に腫瘍を切除できるため有利となります(術前補助化学療法)。また、術後には食事の摂取量が減り、体力も低下しているため、手術後に抗がん剤治療を行うよりも患者さまの負担が少なく済みます。以前の臨床試験の結果も踏まえて、ステージII-IVaの患者さまは術前化学療法を行った後に手術を行います。ただし、治療前に腫瘍による狭窄で経口摂取が困難な患者さまなどは手術を先行して術後に抗がん剤治療(術後補助化学療法)を行うこともあります。
手術に耐えれらる体力がない患者さまや、心臓・大動脈・気管などへの浸潤が疑われる患者さま(ステージIVa)は、化学放射線療法を行います。
【食道亜全摘術+リンパ節郭清】
手術では頸の食道を一部残して食道と食道に近い部位の胃を切除します(食道亜全摘術)。食道がんはリンパ節転移しやすいがんであり、食道周辺のリンパ節を切除します(領域リンパ節郭清)。食道の入り口に近い部位にがんがある場合、頸のリンパ節にも転移がある場合がありますので、頸のリンパ節も併せて郭清します。
【アプローチ】
開胸手術
胸腔鏡下手術
縦隔鏡下手術
胸郭の中央は縦隔と呼ばれ、食道は、心臓、気管、大動脈とともに縦隔にあります。縦郭にある食道を切除する方法は以下の3つがあり、当院ではがんの大きさやリンパ節転移の程度、全身状態、年齢、合併するほかの病気などを考慮して選択します。
- 開胸手術:胸を大きく切開し、食道の切除を行います。心・大動脈や気管などに近接したり、リンパ節転移が多い患者さまの手術では、創は大きくなりますが、がんを安全確実に切除するために開胸手術を選択します。
- 胸腔鏡下手術:胸に小さな穴を開けて、そこから内視鏡の小型カメラと切除器具を入れ、モニターで画像を見ながら、手術を行います。傷が小さいため、痛みや体力的負担が軽減されます。比較的早期のがんで選択されます。
- 縦隔鏡下手術:胸には傷を作らずに、内視鏡を頸部と腹部から縦隔内に挿入し、モニターで画像を見ながら食道をくり抜くよう食道を切除します。食道がんに対する縦隔鏡下手術は京都府立医科大学消化器外科藤原斉先生が開発された術式です。胸に傷がないため、高齢者など呼吸機能が悪い患者さまや膿胸の治療後など胸腔内に癒着がうたがわれる患者さまでは時に有用です。当院は、京都府立医科大学消化器外科の関連病院であり、藤原斉准教授のもと、そういった患者さまには縦隔鏡下手術を施行いたします。
【再建】
食道を切除した後に新たに食べ物を通る道を作ることを再建といいます。食道近くの胃を切除する際に、残った胃が細長くなるように切って胃管を作成します。その胃管を頸まで持ち上げて残っている食道につなぎます(吻合)。胃の手術後などで、胃管を作成できないときには大腸や小腸で再建することもあります。
吻合したところがうまくつながらないことを縫合不全といいます。食道がん手術の場合、ほかの消化管手術よりも縫合不全が発生する確率は高く、全国の統計では13.3%とされています。縫合不全が起こると、つなぎ目から食物や消化液が漏れて炎症が起こり、痛みや発熱などの症状が起こります。その結果、食事の開始が遅れ、入院期間も長くなります。縫合不全の原因の1つとして胃管を吻合する部位の血流不全が知られています。当院では、胃管作成後にICGという蛍光色素を血管内に注入し、特殊なカメラで胃管の血流の評価を行って、縫合不全を防ぐ工夫をしております。
食道がんの手術は頸部・胸部・腹部の3つの領域の手術が必要であり、また食道の周囲には心臓・大動脈や気管・肺などの重要な臓器があり、他の消化管の手術に比べると大きな手術侵襲が加わります。手術はもちろん、術前のリスク評価、術後管理なども厳しく行う必要があります。当院では、術前から手術、周術期管理まですべてを日本食道学会の食道科認定医の下で行っております。術後には肺炎の予防のために早期からリハビリを行い、離床を進めます。また頸の筋肉を切開したり、飲み込みに関与する反回神経周囲のリンパ節郭清の影響で、食べ物を飲み込み(嚥下)がうまくいかなくなることもあります。その場合には、飲み込む訓練のリハビリや栄養士による食事形態の工夫などを行っています。このように医師だけでなく、リハビリ技師、看護師、栄養士などがチームを組んで患者さまの術後管理を行っています。
化学放射線療法
消化器領域の他のがん(胃がん、大腸がん、膵がん、胆道がんなど)では、がんを完全に治すこと(根治)を目指すなら、内視鏡手術か外科手術で病変を切除することが原則ですが、食道がんは放射線治療が比較的効きやすいので、放射線治療と抗がん剤治療を併用した化学放射線療法で根治を目指すこともできます。
他臓器への転移がなく、放射線照射できる範囲のリンパ節転移だけなら、根治を目指した化学放射線療法(根治的化学放射線療法)を行うことができます。
ただし、手術をしないからといって、楽な治療というわけではないということと、化学放射線療法のあと時間がたってから起こってくる合併症(晩期合併症)として、胸に水がたまったり、肺炎が起こったりすることも知っておいていただく必要があります。放射線治療の詳細については、放射線治療部のホームページもご参照ください。
また、根治を目指した化学放射線療法を行っても食道がんが根治できずに残った場合に、がんの状態によっては救済治療(サルベージ治療)という治癒を目指すための追加の治療を行うことがあります。救済治療としては、外科手術が一般的ですが、通常の手術と比べて手術の合併症を生じることが多いといわれています。他の救済治療として、内視鏡手術や光線力学療法(PDT)もあります。
放射線療法
前の項で書いたように、根治のためには抗がん剤治療を併用したほうがよいとされますが、抗がん剤治療が困難な全身状態の患者さまであっても、ごく早期の食道がんであったり、再発している腫瘍が限局している場合には根治を目指して放射線療法を施行されることがあります。
また、がんが広範囲に広がっている場合でも、がんがあることで痛みがあったり(骨への転移など)、周辺の臓器への圧迫(血管や気管など)や食道の狭窄などの症状が出たりして、“生活の質”(Quality of Life(クオリティ・オブ・ライフ))が低下してしまうことがあります。そういった症状を緩和させるために放射線を照射することがあります(緩和照射)。
薬物療法(抗がん剤治療)
全身にがんが転移(遠隔転移)してしまっている患者さまには、抗がん剤による薬物治療を行います。従来の抗がん剤のほか、免疫チェックポイント阻害薬など新しいタイプの抗がん剤も使用できるようになりました。
がんによる症状が現れるのを遅らせ、予後を改善させることをめざします。